難しいことは抜きにして

ふと、テレビのニュースを見てた。
すると、非常に興味深いニュースに遭遇。
気づいてたら前のめりになってた僕。


最近、都会で体育の家庭教師を雇う家庭が急増しているという。
体育の家庭教師―。
これ実に新鮮で面白いと思った。
最近の子どもたちからは外で遊ぶという習慣がなくなっている。特に、都会においては、それは顕著だろう。

僕のバイト先には時々、家族連れがやってくる。
ドリンクやら料理やら持って行ってんのに、子どもはそれらを横目に任天堂DSやらPSPやらに夢中だ。
僕からすると「飯屋に来てんだから普通食うだろ!そっちは後回しだろ!」という感じだが、親もそれを注意しない。

直接的には、子どもの運動離れとは無関係かもしれないが、それでもそういうことから現実が垣間見えるだろう。

誰が悪いのか?
子どもが悪いのか?親が悪いのか?社会が悪いのか?
その答えを考えるのはナンセンスだ。
子どもも悪いし親も悪いし社会も悪いのだろう。
ただ、一つ事実として言えることは、子どもたちから外で遊ぶ環境が急速に奪われている、ということ。特に、都会では。
それは、嗜好の多様化が原因だったり、都市化が原因だったり、子どもを狙った犯罪の増加が原因だったりする。

そのような中で、このように体育の家庭教師というものが注目を集めているということには、個人的に子どもとスポーツの関係、強いては、子どもの未来に対して非常に可能性を感じた。
自分の好きなスポーツのパフォーマンスを向上させるためは勿論のこと、普段、運動をしたくても運動ができる場所がない、一緒に運動をしてくれる人がいない、という子どもたちにとって、運動をする習慣を与えるということは少なからずいいことであるように思う。
何より、先生も子どもも楽しそうだ。

そんなことにもお金を払わなければならない時代になったのか、という考えをする人もいるだろうけど、それは言わない約束。
体育の家庭教師。それ自体としては面白いものだと思うんだけども。どうでしょう?




ちなみに。今日は「お月見」、のはず。
小学生の頃、すすきを取りに行って、団子を買って、月を見ながら食べたことを思い出す。
今思えば、実は小学生とか小さい頃の方が風流だったんじゃないかって思う。
大人になれば、そんなことには大した感情を持たず、クリスマスだとか誕生日だとかバレンタインだとか、そういう系に全力疾走の傾向がある。
僕もそういうことは当然嫌いではない。
けど、七夕だとかお月見だとか節分だとか、そういうことも純粋に楽しめるようになれば、それはそれで十分に素敵なことだと思ったりもする。


あと。
僕、髪切ったから。ものっすごく。
こんなに短いのは高校球児時代ぶりだよ。
極端に言えば、坊主が伸びたくらい。
周りからは色々と賛否両論ありますが、僕的には結構気に入っている。

え?何でそんなに髪切ったのかって?
答えは簡単。
夏は短髪が基本だからじゃない。

異論はなし、と見なします。これにて終了。
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by rrrrryooooo0727 | 2006-09-15 00:51 | 独り言
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