警告なのか

今日の夢は非常に現実的で夢見心地の悪いものだった。卒論をなおざりにしている僕に対してゼミの先生がきれた。そのきれ方が意外と陰湿で、僕が最も苦手で不快なきれられ方だった。こんな夢を見るということは、卒論に対していまいちモチベーションの上がってこない僕に対しての僕からのメッセージなのだろう。気を引き締めなければならない。木曜日はゼミがある。きちんと資料を作ろう。ただでさえ、先生の僕に対する最近の評価は「変態」か「最低」なのだから。

話は変わって、ここ2、3日の僕の生活は終わってる。一昨日は寝たのは朝8時。昨日なんて朝9時だ。夜更かしどころの話ではない。最近、cabosを落とした。その操作に夢中になり、音楽ファイルのダウンロードを楽しんでいる。PVを主に落とし、それを見ながら夜な夜なほくそえんでいるという終わってるっぷりだ。しかし、いろんなファイルをフォルダを作って整理したり編集したり、データを編集したりしているのは卒論のデータ管理にもつながると思うと改めていい勉強になる。こう思うのは無理矢理か。いや、決して大げさな話ではないと思っている。僕の所属する研究室で僕が密かに「やばいんじゃねーか」と思っている彼女は、まず間違いなくここでつまずく。

あと、cabosのほかにもう1つ夢中になりそうなことがある。今更ながらyahooオークションだ。大学の先輩にそれを教えてもらい、かつ、現在の僕の不要な所持品事情や金銭状況などを包括的に考えて判断した結果、はまる!という答えが導き出された。過去に友人に無料で譲った物たちもオークションに出して売っていればそれなりの値がついただろう、と思うと正直「ちくしょう!」だが、そんなことを今言ってみても意味がない。今の台所事情で精一杯の結果を出してみせるのだ。

cabosにはまり、yahooオークションにはまる。肝心の卒論にははまれない。と言うか、はまらない。微笑ましいと言えば微笑ましいが、終わってると言えば終わってる。危険だ。何事にもバランスというものが重要だ!
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by rrrrryooooo0727 | 2006-11-13 16:53 | 独り言
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