動機づけ

僕の友達の友達の後輩の友達の先輩の先輩にあたる彼、つまり僕の先輩である方がmixiの日記でモチベーションのことを書き綴っていた。最近の僕はちょうどそれに似たようなことを考えていたため、その日記を読んで「なるほどなぁ」と思った。その方が言うには、モチベーションには内発的なものと外発的なものがあるという。僕は今、まぁなんとか卒論に取り組んでいるが、卒論というめんどくさいことに対して逃げ出さずにやれているのは外発的動機によるものであると言っても過言ではない。例えて言えば、「お小遣い目当てに風呂掃除を手伝う少年」といったところである。それを今の僕にあてはめて考えると、「卒論が終わったら…」であり、その「…」の部分を楽しみにしている。ただ、その「…」が確実に待っていてくれるのなら問題はないのだが、如何せんそうでもないみたいだ。そのため今の僕は完全に「…」に左右されてしまっている。それはそれで悪いことではないが、どうしても疲れてしまう。右に左にいいように振られてしまっている僕が卒論に完全集中できるはずもない。しかし、それだと一番困るのは僕自身。どんなに振られても微動だにしない強固な軸を僕が持っていればいいのだが、あいにくそのような素晴らしいものは持ち合わせていない。そんな僕が今後取るべき行動は、「右に左に振られまくってもあくまでその‘…’なことをモチベーションにやり抜く」、もしくは、「‘…’の部分を放棄し、他の何かにすり変える」だ。僕がどちらを選ぶかと言ったら後者を選ぶ。と言うか、選びたい。だって僕、疲れちゃったんだもの。疲れたと言うより投げやりになりかけてると言った方が正しいなぁ。あの人の癖がうつってしまったみたいだ。となると、そう思ってるのも一時的なものなのかな。わかんねーわ。

深夜にすするラーメンも美味しいじゃない。
チョコも美味い。
太る。
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by rrrrryooooo0727 | 2007-01-15 01:51 | 独り言
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