気まぐれに

何かテンパったり不安に駆られて余裕がなくなったりしたとき、「なんで自分だけ…」「どうせ自分なんか…」というように、人は物事に対する考え方がどこか卑屈になる傾向があるように僕は思います。
よく「広い視野で物事を考える」という言葉が使われますが、前述したような状況では広い視野を持って物事を考えるということがなかなかできません。視野が狭まっているというより視野に自分しか入っていないと言った方が適切かな、とも思ったりします。比較対象が自分でしかなくて、だから判断基準が自分にしかなくて、どこか卑屈な考えになったりするのではないでしょうか。
根っからのポジティブ人間なんてそう滅多にいるはずもなく、ほとんどの人が不安というストレッサーに対して弱者の位置を取ると僕は考えます。そんなとき、人は何かと自分を比較します。「ポジティブな人」というのは、そうやって客観的に自分を何かと比較したときに自信を持てる人なんじゃねーか、とふと思いました。不安を不安だと感じない人はポジティブなのではなく能天気なだけです。自信の裏付けというものはその各人の性格だったり経験だったりするので、ここでとやかく言うつもりはありません。

視野のベクトルが自分自身にしか向いていない状態にある人への助言としては、「広い視野を持って考えなよ」よりは「一歩引いて自分をみつめたら?」の方が良いかもしれません。少なくとも僕はそう言われると助かります。「広い視野を持て」ではあれこれ見すぎて自分を見失ってしまうかもじゃん!と考えすぎの僕は思ったりします。見つめる対象は自分自身なわけであって、そこは絶対にブレてはいけません。森全体の中から見つけ出すべき一本の木を見つけるより、見つけ出すべき一本の木を見つけてから森全体を見た方が広がりを感じられるし良いと思うんです。見つけ出すべき一本の木を見つけられなければどっちにしろ意味ないですけどね。

意味わかりますか?僕は何とか自分の考えてることを見失わずに文章を書いています。

とにかく、視野が自分方向にのみ向いている人に「広い視野を持て」と言うのは、小学生に「数列を解け」と言っているようなもので、それよりは数列を解くために必要な考え方に気づかせるといったような「きっかけ」を与えてあげる方がよほど良心的です。一歩引くという行為で嫌でも視野は拓けます。それでも自分しか見てない人はよほど自分が好きなのか想像を絶するほど窮地に追いやられているのでしょう。そんなときは諸手を挙げて万歳!です。お手上げ。

なんでこんなことを書いたのでしょうか。風呂上りにベランダに出て煙草を吸っていると、ふとこんなことを考えてました。
僕自身、余裕がない状況なのでしょうか。一歩引いてみよー。


おわり。
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by rrrrryooooo0727 | 2007-05-07 03:12 | 独り言
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