いらっしゃいませ(早く帰れ)

今日、久々に中華街に足を運んだ。
いつ行ってもあそこは異国の地。
そこが日本であること、自分が日本人であることを忘れて、気がつけば自分の話している言葉もどこかカタコトになっている。まったくもって不思議な現象である。
日本らしさがない。
あそこは異国文化にどっぷり浸かることができる場所である。


以前、そんな場所に美味くて評判の店があるということで友達とそこの料理を食べに行った。
確かに美味かった。
なんて言うのだろう?
奥深い味というか本場の味というか・・・。
とにかく美味かった。僕は満足した。
しかしながら、料理の美味さへの満足感とは裏腹に、それまでずっと抱えていた違和感というか腑に落ちない感じが表面化した。
その店に料理を食べに行って、「やっぱり」と改めて思ったのである。

それは「中国人の接客の愛想の悪さ」である。
同様の思いを感じたことがあるのは僕だけではないはずだ。
僕だけだとすると、それは僕が国際的ないじめをうけていることになってしまう。
そんな事態だけは認めたくない。

店に入ると笑顔で迎えてくれる店員さんなんているはずもなく、ただただ無愛想に「いらっしゃいませ」と言って水を差し出す。
僕はそのとき感じる。
この人にとっての「いらっしゃいませ」は、
「いらっしゃいましたがもう帰れ?」
と言っている、もしくは言いたいんじゃないのか、と。
注文も早々に取るだけ取って奥に下がり、料理をポンと出し、また奥に下がり店のお友達とおしゃべり。
もう店の雰囲気もくそもない。
まるでよその家に勝手に上がりこみ、勝手に料理を頂いているような錯覚に陥ってしまう。
が、美味い。悔しい。美味い。いい仕事してる。

だが、なんでも友達に聞くと、
中国ではそのような接客スタイルが普通なのだと言う。
だから決して不機嫌なわけでも客を煩わしいと思っているわけでもないらしい。
それを聞くと、いちいち笑顔でへこへこして接客している自分を疑問に思ってしまう。
だからといって、中国スタイルで接客すると僕は人間的価値を問われ、一発でお給料を貰えなくなってしまう。
文化の違いは面白いもので、接客一つにしてもそのお国柄を如実に表しているものだと感じさせられた。

愛想のいい接客をする中国人も中にはいる。
馴化というべきか、適応というべきか。
一回こういうことを考えると、そういう人に対して「無理してんのかなぁ?」と思ってしまう。

異国で働くのも大変だ。
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by rrrrryooooo0727 | 2006-03-08 05:15
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